00041033-B.jpg
佐藤 由紀彦(さとう ゆきひこ、1976年5月11日 - )は、
静岡県富士市出身のプロサッカー選手(MF)で、JFL・V・ファーレン長崎所属。

清水商時代に背番号10をつけて多くの全国大会で優勝を経験、高校卒業の1995年に清水エスパルスに入団。地元育ちの生え抜きスター候補との期待を背負っての入団であった。
しかしなかなかポジションを勝ち獲れず、実戦機会を増やす為にブラジルの名門グレミオに長期サッカー留学に行かされる等、下積み時代が続いた。

この状況を打破すべく1998年に自ら志願して当時旧JFLのモンテディオ山形にレンタル移籍。
石崎信弘監督の薫陶を受け成長し、ゲームメーカー兼フィニッシャーとして山形を開幕からシーズン中盤まで首位快走させる原動力となった。同年のJFL新人王およびベストイレブンを受賞。

2009年3月1日、この年からJリーグ準加盟クラブとして承認を受けたJFL・V・ファーレン長崎に加入することが発表された。ベガルタを去る際に残した言葉は次のようなものだった。


甘いマスクとは裏腹に出場機会を求めて数々のJ2のチームを渡り歩いた苦労人。
サッカーの世界もなかなか簡単なものではないのですね。

20080925mizuno.jpg
水野 晃樹(みずの こうき、1985年9月6日 - )は、静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身のプロサッカー選手。スコティッシュ・プレミアリーグのセルティック所属。ポジションはミッドフィールダー。

サッカー選手の鈴木啓太は従兄。
S.C.相模原(神奈川県社会人リーグ2部)所属の水野和樹は兄。


軽快なステップとスピードに乗ったキレのあるドリブルが武器のサイドアタッカー。
体の細さに似合わぬ鋭いキックで、ミドルシュート、クロスボール、プレイスキックなども得意。
ストレートボール、巻くボール、落ちるボールなどキックの種類も多く、相手DFと一対一の仕掛けだけでなく、ドリブルで混戦をすり抜ける事も多い。
また、ペナルティエリア内に切れ込んで自らゴールを狙う事も多い。
ロングスローも得意としている。

状況によってピッチ中央や逆サイド付近までポジションを取ることもある。


去年からセルティックで活躍しています。
従兄も実のお兄さんもサッカーをされているのですね。

001009.jpg
中山 雅史(なかやま まさし、1967年9月23日 - )は、静岡県志太郡岡部町(現・藤枝市)出身のプロサッカー選手である。ポジションはフォワード。ジュビロ磐田所属。
Jリーグ選手協会名誉会長。ゴン中山の愛称で知られる。
ほかに、中山隊長、隊長の愛称がある。

日本代表としてフランスワールドカップ・日韓ワールドカップにも出場。
Jリーグ(J1)最優秀選手賞1度受賞、得点王2回、ベストイレブン4度受賞した経験を持つ。

妻は女優・タレントの生田智子で、2004年に第1子(女子)をもうけている。
実父の中山儀助は元岡部町町議会議員であり、
静岡県ローカルのテレビやラジオにはたびたび登場する。

カズとならんで、まだまだ現役を続けています。
とにかく、この人は下手なタレントさんよりも話が面白いのがすごい。

16.jpg
田中 誠(たなか まこと、1975年8月8日 - )は、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身のサッカー選手。ポジションはDF。Jリーグ・アビスパ福岡所属。

フィジカルとスピードを生かした対人での強さ・豊富な経験から裏打ちされるカバーリングの上手さ・正確なフィード・試合をフルに戦えるスタミナ・冷静な判断など、必要な能力を兼ね備えた守備のスペシャリスト。

3バック時は主にリベロ、4バック時はセンターバックを務める。日本代表では宮本恒靖と同じポジションであるため、右のストッパーとして起用されることが多い。

マイアミの奇跡や、2004年4月28日に行われたアウェイのチェコ戦など、日本が世界の強豪相手に完封勝ちを収めた試合では、代表でも田中がリベロだった。このことから、田中を代表のリベロに推す声も多く挙がった。




GKの川口能活とはずっと一緒にプレーをしていたそうで、
あうんの呼吸だったそう。とても信頼していたとか。
でも福岡に行ってしまったのですね・・・。

e897-thumb.jpg
藤田 俊哉(ふじた としや、1971年10月4日 - )は、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。Jリーグディビジョン2(J2)・ロアッソ熊本に所属。また、Jリーグ選手協会会長もつとめる。

10年に渡り日本代表にも選出。2001年にJリーグ最優秀選手賞を受賞。


いまやJリーグを代表する選手の一人でもある藤田選手。

改めて、10年に渡って日本代表に選ばれ続けている選手ってなかなか思い浮かばない・・・。
今は熊本に行っているんですね。

20050204-6-112-11.jpg
澤登 正朗(さわのぼり まさあき、1970年1月12日 - )は日本の元サッカー選手・サッカー解説者・サッカー指導者。現役時代はMFとして活躍、日本代表にも選ばれた。また、Jリーグの初代新人王でもある。引退後はテレビや雑誌などでのサッカーの解説者として活動。JFAアンバサダーも務める。


東海大一高(現・東海大翔洋高)2年生のときに選手権優勝。3年生では準優勝。東海大学体育学部卒業後、1992年から清水エスパルスの草創期メンバーとして活躍し、2005年11月23日に現役引退を表明して現役生活にピリオドを打つまで清水一筋で常に第一線で出場し続けた。Jリーグ創設の1993年から2005年まで、同一クラブのみで13年連続ゴールを決めているただ一人の選手である。


ミスター・エスパルスこと澤登選手。


今やもうコーチなんですね。時代が過ぎるのは速いですね。

yamada.jpg

山田 暢久(やまだ のぶひさ、1975年9月10日 - )は、静岡県藤枝市出身で浦和レッドダイヤモンズ所属のサッカー選手。ポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。1994年に浦和レッズに入団以来レッズ一筋にプレーし、現在チーム最古参の選手である。弟の山田智紀はジュビロ磐田で高原直泰と同期入団の間柄である。


トップ下と右ウィングバックや右ミッドフィールダーでのプレーを得意とする。右サイドバック、ボランチ、シャドーストライカーとしてもプレーする。過去にはリベロ(チッタ監督時代)、ストッパー(第1次オジェック監督時代、2009年のナビスコカップ)を務め、デビュー当時はフォワードとして福田正博と2トップを組んだこともある。


好不調の差があまりなかったらなぁ・・・
まだまだ課題はありそうですね。

291.jpg

三浦 知良(みうら かずよし、1967年2月26日 - )は、日本の現役最年長プロサッカー選手。静岡県静岡市葵区出身。横浜FCに所属している。

ブラジル時代のポジションは左WGであったが、日本帰国後はセンターフォワードとしてJリーグで活躍し、日本代表としてもFIFAワールドカップ初出場に貢献した。しかし、ワールドカップ予選での総得点を27点記録するも、ワールドカップ本大会へは未出場。Jリーグ年間最優秀選手賞1回、得点王1回、ベストイレブンを2回受賞、1993年にアジア年間最優秀選手賞を受賞。

カズにはW杯出てほしいのですが・・・
監督が岡ちゃんだと・・・無理かもな・・・。


399px-Daigo_Kobayashi_04.JPG

小林 大悟(こばやし だいご、1983年2月19日 - )は 、静岡県富士市出身、ノルウェー1部リーグ・スタバエクIF所属のプロサッカー選手。ポジションはMF。中盤ならどこでもこなせる。相手の意表を突くスルーパスや精度のいいクロスを繰り出す大宮の司令塔である。 また、セットプレーのキーマンとしてアシストを量産している。


いろいろあった選手ですが・・・
現在はノルウェーのリーグで活躍しています。

hasebe.jpg
長谷部 誠(はせべ まこと、1984年1月18日 - )は、静岡県藤枝市生まれのサッカー選手。ポジションはMF。ブンデスリーガ1部、VfLヴォルフスブルク所属。2006年から日本代表に選出されている。

本来のポジションは攻撃的MFだが、守備的MFもそつなくこなす。最大の武器は低い位置からペナルティエリア内へと侵入する切れ味鋭いドリブル。相手チームの守備の網をスルスルと突破し、決定的なスルーパスやミドルレンジからのシュートを繰り出す。

しかしながら、最近はプレーがやや守りに入りすぎているところもある。また、運動量豊富で守備は非常に献身的である。

長谷部は今や日本代表になくてはならない選手の一人です。
来年のワールドカップでも活躍してほしいですね。